9月10日(月) 「3日 大槌町 地に足のついた生活」
大槌町へ
遠野より更に1時間、盛岡より直接行ったとしても2時間半かかる沿岸部。
越路として行くのは初めて。
THE STREET BEATS、OKIさんの個人的な長期に渡る支援活動により友人となった大槌の皆さん。
彼らが、盛岡まで越路を見に来てくれ、
越路メンバーも、石巻より北の沿岸部には行った事がなかったため、いつか行ってみたい、
という事で、今回ライブ翌日に訪問する事に。
個人的には4度目の訪問ですが、また新たに聞く話がありましたので、いくつか紹介。
大槌町 吉里吉里 APE
井上ひさしの長編小説「吉里吉里人」でも有名、
小説にちなんで、あくまでも町おこしとして、吉里吉里国として独立宣言もしたという町。
みんなにに案内されて行った、
”浜のミサンガ”のCMソング「歩きましょう」を歌っている、
6月30日の”おおつちありがとうロックフェスティバル”ではトリであった、
吉里吉里出身のミュージシャン、ノリシゲさんが、震災後、吉里吉里に戻り、
実家跡地にガレキで作ったという、昨年10月に完成した Cafe & Bar ”APE”へ
店の周りは、というより大槌町全体、ほぼ津波で流され、最初の町の灯りとなったお店なんだとか。
拾い集めた木材で作ったとは思えぬ、オシャレな店内、
店の横には宿泊施設も!
風呂も!!
煮干ラーメン!!
ガッパオも美味しかったな!!
全てが、ミュージシャンの成せる業とは思えぬ出来栄え!!
凄いなぁ〜
ライブも出来るので、いつかライブも出来たらいいなぁ〜と!!
ご馳走様でした!!
阿部一家と越路!!
ひょっこりひょうたん島
人形劇”ひょっこりひょうたん島”のモデルとなった島、実際は、蓬莱(ほうらい)島。
震災前は、堤防を通じて歩いて行けたんだとか、
震災前
そして津波が来た時は、波でスッポリ隠れ、引き波の時は地繋がりになったんだとか。
シーシェパード
生命というのは、生命を食して生きている。
”いただきます” は ”アナタの命を私の命にさせていただきます” の略。
生命をなぶり殺すのは犯罪であるが、生きるために食する分だけ殺めるのは食物連鎖の一環であり、
何を食べようと、その地域の文化である。
なんて、わざわざ俺が言うまでもない、普通の事。
牛食べながら、反捕鯨の営利団体シーシェパード。
彼らは、昨年の震災があった頃、大槌にてイルカ捕鯨漁の妨害をしていたんだとか、
そして津波に遭遇し、高台で無事だった家でしばらく避難しており、食事ももらっていたんだとか、
がしかし、自国に帰り 「津波は天罰だぁ!」 とコメント・・・
以前も紹介した、この恩を仇で返す行為、
ここ大槌には、震災後、多くのメデイアが取材に来ており、この事も何度も語られたそうなんですが、
驚くべき事に、一切メディアに出る事はなかったそうです。
何故?
表には見えない世の仕組み、恐ろしき。
時速120km
大槌に押し寄せた津波の初速。
ここ大槌、生活圏の85%が消えたそうです。
今はガレキもすっかり片付けられ、町全体が平原と化しています。
そして、復興の計画はなかなか進んでおらず、許可が下りないため、家も建てられないそうです。
大槌全体を2m上げる、という計画もあるそうです。
”いったいどれだけの時間がかかるのか?
”2m上げても津波が来たら同じでは?ならば、ところどころに高い避難場所を作った方がいいのでは?”
という地元の意見もあるようです、
確かに、、、そう思う。
神戸レスキュー隊
震災後、最も早く救助に来たのが、自衛隊でも米軍でもなく、神戸レスキュー隊で、
3月12日の朝には居たそうです!!
15時間でどうやって来たんだぁ!!めちゃくちゃ凄い!!そして不思議!!
捜索
行方不明人の捜索、自衛隊が一番諦めずに捜索していたんだそうです。
風呂
震災後、何より困ったのが風呂に入れない事、
そしてようやく出来た自衛隊による、仮設風呂!!
人々が殺到し、ようやく入れた風呂は、入浴剤入りか!と思う程に、人々の垢で汚れていたそうです。
海
水が透き通っていて綺麗、
震災後、家がなくなり生活水が出なくなったため、海が綺麗になったんだそうです。
そして、常に警察の船がいます。
違法操業する船を見張っているんだそうです。
震災直後は、公の機関もマヒしていたため、
その隙を狙って違法操業する船が多発したんだそうです、
現行犯でしか逮捕出来ない違法操業船は、高性能エンジンを積んでいるそうで、
漁の知識もあり、そこまでするんなら、
ちゃんと登録して漁業をすればいいんじゃないか?
瓦礫処理
地盤沈下した港には、巨大な船が、
瓦礫を新潟に運んでいるようです。しばし問題視される瓦礫の放射性セシウム、
単純に直線距離の話をしていいのかわかりませんが、
福島第一原発⇔大槌 229km。
福島第一原発⇔渋谷 229km。
福島第一原発⇔新潟 185km。
阿部兄弟船
311地震後、津波が来た時の漁師の定石に従い、船を沖に出したという阿部守君。
この船で、あの津波を超えたんだそうです。
小さい。。。
大槌にて津波で無事だった一番小さい船だそうです。。。
この大きさで沖に出た他の船もあったそうですが、津波にのみ込まれ亡くなったそうです。
引き波の時は、船の下を、家財を含んだ真っ黒な波が通り過ぎたんだそうです。
まさに生きたこごちはしなかったとか、
そして一晩、海で過ごしたんだとか、
海から町を見、町から海を見、お互い死んだんだろうな、と思ったそうです。
凄すぎてイメージ出来ません。
阿部式
一部では、補助金が出るまで漁業の再開を止めた方がいいのでは?という意見も合ったという中、
自費で再び機材を揃え、いち早く漁業を再開し、自ら製品の加工もし、ワカメやコンブetc...を出荷をしている阿部兄弟。
フォークリフトや軽自動車は震災後、高騰していたんだとか、
写真は、新たに購入したというワカメやコンブをボイルする釜、数百万円。
一度ボイルしてから出荷しているんですな。
夜に漁に出て、朝港に揚げて、昼にボイルして、袋に詰めて、いつ寝るんだぁ!!??
家にも送ってもらったんですが、本当に美味しい!!
今までワカメやコンブを意識した事がなく、牛丼でいう紅生姜的ポジションだったんですが、、、
今では牛肉と並ぶ位置づけ。
俺・「明日は朝早くないの」
阿部兄弟・「今は種付けの時期なんで、そんなに早くないですよ、、4時位ですかね」
早っっっ!!!
彼らの生活の様子を見せてもらった後は、
そう言えば ”ロックンロール仮設住宅” という住居も見せてもらいたかったんですが、
時間の関係で、こちらも一度見てみたかった、大槌駅へ
大槌駅
以前の大槌駅。
現在の大槌駅前
以前の大槌駅前
一つの町が消えたんですな。
自分の育った蒲郡と大きさや地形が似ているので、そこが無くなったかと思うと、なんともやりきれません。
がしかし、そこで、前に進む彼らの行動力には驚きであり、元気をもらい、
そして、少しだけ漁業の仕組みがわかった大槌訪問なのでした!!
みなさんありがとう!!!!!
この後、家路に向かう俺らの車にむかって、彼らは見えなくなるまで手を振っていてくれたのでした。
リアル
この2日前に行った、龍岩祭、素晴らしいイベントでした。
そして、帰りの車で、みんなで話していたんですが、
大槌に来てみて、今思えば、、、なんですが、、、
龍岩祭は、
ネイティヴであり、ヒッピー色であり、エコであり、アウトドアであり、
半裸で、髪は編みこみ、殆どの人が麻っぽい大きめの服を着ている、サブカルチャー好きなイベント。
大槌に来てみて、今思えば、、、俺ら含め、なんとなくフワッとしている。
勿論、普段はスーツでバリバリに働いていて、この日だけフワッとしている人が殆どだと思う。
ただ大味に表現してしまえば、フワッとしている、
原発反対!と言えば正義の人で、
自分探しで、パワースポットで、普通の人よりイケていて、
”あなたを見て直感で一言書きます”なんてアーティストがいて、フォントも内容も相田みつおで、
支援活動自体が生きがいになってしまったり、
俺ら含め、帰るべき日常がフワッとしてしまっているような、雰囲気を感じる。。。
あくまでも大槌を経て思った、根拠のない、雰囲気。
勿論、俺らも原発反対、そしてパワースポット大好きで、大槌に行っただけで何かした気になっている。
だからこそ日常を見直さなければならない。
支援活動や原発反対運動が人生の目標になってしまっては本末転倒。
改めて、そう思わせてくれたのは阿部兄弟。
全国からの支援を受ける被災地で、仮設住宅で暮らす当の本人達は、
自分など探してもいなければ、相田みつおに励まされるわけでもなく、
85%が失われた町で、投資をし、漁師という日常をいち早く取り戻し、
全国に、人間の基本である”食”を届けている。
家は無くとも、自分の立ち位置をしっかりと持つ、地に足のついたリアルな生き方。
カッコイイ。
全くもって龍岩祭批判ではありません、むしろ自分の反省、
素晴らしいイベントで、来年も出演させてもらいたいと思っています!!
ただただ、大槌に行き、阿部一家の清々しい空気に触れ、そんな事を話ながら、帰ったのでした。
そして
感じただけでは仕方ない、
今月は割りと時間があるので、とにかく様々な事を吸収したいと思ってます。
心も体も技術も一回り大きくしたいと思う今日この頃でございます。
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