僕の基本的な生き方は、今のところ、10代の頃のわずか数人のヒーローによって決定付けられたと言っても過言ではないかもしれない。
そんな僕の人生に影響を与えたヒーローを紹介する事にする。
No1 沢田研二
特に「勝手にしやがれ」と「ストリッパー」という曲。
僕は今でも、日本独特の鳴きのメロディーが、どこか悲しげでクールなイメージのメロが、そして解りやすいものが、やはり好きである。
この好みがいつから僕に根付いたかは定かではないが、僕にとっての最初のヒーローだった沢田研二の影響かもしれない。
そしてこの好みはおそらく一生変わらないと思われる。
恐るべしヒーロー沢田研二。
No2 ビートルズ
小6くらいだっただろうか?たまたま友達の忘れていったカセットテープ。
なんだろうと思って聞いてみると、初の洋楽が、
ゲットバック!
即座にビートルズは僕のヒーローとなった。
偶然にもその年はビートルズの何周年だか記念の年で、毎日FMで2時間ビートルズを流し続けている時期があり、全部録音したのを覚えている。
昔はよくストーンズ派ビートルズ派と言っていたが、僕は圧倒的にビートルズ派である。
この時点で僕の基本的音楽趣味は決定付けられたと思われる。
No3 桜井
桜井とは言っても、ミスチルでもなければ、ましてやアルフィーでもない。
中3の時のクラスメイト。
普段そんなに目立っているわけでもなかった彼が・・・
体育大会の休憩時間の吹奏楽部の出し物で・・・
なんと・・・・・
ドラムセットを叩いていたのだ!
これにはビックリ!
僕はすぐに彼の所に行き
「あれなんだ?俺にも教えてくれ!」と頼んだ。
僕がドラムを始めたきっかけは、
ビートルズやストーンズ、ツェッペリンやキッス、ポリス、はたまた、モッズやルースターズ、そういう遠い存在のものに憧れたわけではない!
隣の隣の席の桜井に影響を受けたからなのだ。
まさか彼は自分の影響で、俺が就職もせず東京に行き、今でもドラムを叩いているとは夢にも思っていない事であろう。
桜井!もしこれを眼にしたらメールくれ!
No4 ストリートスライダース
桜井の影響でドラムを始めた僕は友達とバンドを組んで、いろんな歌謡曲からハードロックまで、それぞれの好きな曲を分け隔て無くコピーして遊んでいた。
そんな折、友達がカッコイイバンドがあると言って持ってきたLP
それがストリートスライダースだった。
初めて聞いた曲「TOKYO JUNK」
ダミ声、印象的なギターとベースリフ、タイトでシンプルだがそれでいて存在感のあるドラム。
どこをとっても新鮮で最高だった。
それまでやたらたくさん並べていたドラムのタムやシンバルは、この日より取り外された。
いまだ、派手なドラムセットにはなんの魅力も感じない、シンプルが一番である。
これはあきらかにスラーダースのドラムだったズズの影響である。
そしてそこのギターであった蘭丸さんと現在一緒にバンドを組んでいるというのは、我ながら驚きである。
No5 小田原豊
知らないだろうなぁ、ミュージシャン界では超有名なドラマーであり、元レベッカである。
偶然眼にしたレベッカのコンサート。
バンドを全体で捉える傾向であった僕の眼に、初めて個人的に強烈なインパクトがあった人物。
僕にドラマー心を芽生えさせた人、それが小田原豊である。
今までかなりの著名人、ミュージシャンと出会ってきたが、なぜか小田原豊には出会った事がない、だからこそ"さん"も付けずに書けるのだが。
これを読んでくれている小田原さんと友達のミュージシャンの方、
小田原さんと一度会ってみたい!紹介してくれ!
No6 村上 ポンタ 秀一
すでに様々な音楽シーンに興味を持ち出していた19歳の頃、ちょっとした観光で神戸に行った時の事であった。
たまたま見つけた名前だけは知っていたライブハウス「バーボンハウス」
誰が出演していても構わなかった。
とにかくライブハウスの空気を感じたくて入ってみたかった。
本日の出演「神戸セッション」
ドラム 村上ポンタ秀一
?????
入ってみれば、かなりの満員。
やっと見つけた、かろうじて落ち着けそうな丸テーブル。
そのテーブルには僕ら以外に、20歳そこそこの女性5,6人、そして彼女ら相手に楽しげに酒を飲む羽振りの良さそうなオジサマひとり。
ずいぶんモテるおじさんだなぁと思いながら開演を待った。
客電が落ちメンバーがステージに上がり始めた。
しかし肝心のドラマーがいない。
どうしたんだろう・・・・・
しばらくすると、目の前のずいぶんモテるおじさんがステージの方へ歩きだした。
?????
すると・・・
なんと・・・
ドラムに座ったではないかぁぁぁ〜
アンタがポンタかいぃ〜
すると、いきなりトーク
「このピアス高そうでしょ?」 (客席からは見えません・・・)
「ダイヤぁ、しょうがねぇじゃん金あるんだから(笑)」
そう言うと、いきなり叩きだした。
そのプレーは衝撃だった・・・
いろんなバンドやライブビデオを見てきたが、こんなドラマーを見たのは初めてだった。
なんなんだこの人は!
そうか、これがフリーのドラマーというものなのか!
それからはポンタが参加しているCDを聞きまくった。
中でも「泉谷しげる with LOSER」が一番好きだった。
バンドじゃなきゃ東京に行けない、という考えが揺らいだ瞬間であった。
その半年後、僕は1人で上京する事となった。
そして今日に至る。
「泉谷しげる with LOSER」のベーシストであった吉田建さんと現在一緒にバンドを組んでいるというのは、我ながら驚きである。
最近でも、すぐに人に影響される僕にとってはたくさんのヒーローが現れている。
しかしながら、今のところの生き方を大きく決定付けたのは、このヒーロー達の影響である。
今後、今までの生き方を覆す別ジャンルのヒーローは現れるのであろうか?
はたまた誰かの人生に影響を与えるヒーローになれるのであろうか?
人生は長いので、まだまだわからん。