オレ色

 

小さい頃アニメソングを近所に聞こえるように
大音量で聴いて怒られた。

黒のつや消し自転車がはやっていた中学時代
黄色い自転車を買った。

夏祭り会場の横でスケボーをしていた。

アイドルの下敷きが流行っている時に
ビートルズの下敷きを使っていた。

ジーパンを破って絵を書いて履いた。

好きな色は緑ということにした。

ギターよりドラムがカッコイイと思った

進学校に行ったにも関わらず
1年生最初の模試テストの志望校を書く欄に
"大学なんか行っても意味ない"と書いた。

赤と緑にペインティングした
変な車に乗っていた。

何をするにもオレ色にこだわった。
人と違えばなんでもよかった10代。


デザイン専門校に行っても
とにかく変な絵を書いた。

太い線で書いた。

基本のデッサンは大嫌いだった。

専門学校でもオレ色にこだわった。


ドラムを始めても
とにかく人と違うセッティング
フレーズにこだわった。

基本練習は大嫌いだった。

表現するにもオレ色にこだわった。
人と違えばなんでもよかった表現者。


ドラムで生活を成り立たせようと思った。

普通の人生を歩むという考えは大嫌いだった。

人生計画でもオレ色にこだわった。


オレは常にオレ色にこだわる。
オレ色がなければ意味が無い。
オレ色さえ持っていれば成功する。

こう思っていた。

しかしその考えは少々間違っていたかもしれない。

確かに表現者にとって
オレ色を持つ事は重要である。

オレ色を持たずして表現者として
生計を立てていく事は難しいだろう。

しかしながらオレ色のみで生きていく事は
もっと難しく無謀かもしれない。

1時的であれば、いけるかもしれないが
継続するのは難しいと思う。

なぜなら
人は1人で生きているわけではないからだ。
周りを見渡せば様々な色がある。

例えばものすごくオレ色
いわゆる個性を持った
自己主張の強い美容師に
髪を切ってもらうのはこわい。

「自分の考えとは違う」などと
こちらの要望をあまり聞いてくれない
可能性があるからだ。

1時的にはカリスマ美容師などと
もてはやされるかもしれないが、
自己主張ばかりで、
基本技術や客の意見を
ないがしろにし過ぎると
やがて客も離れるだろう。

かと言って
基本技術はしっかりしているが
客の意見のみで髪を切る
個性のない美容師もつまらない。

何かを変えたいと思っている時など
プロのセンスやアイデアを見せて欲しいし、
なによりその人に切ってもらう意味がない。

こうして考えると、
美容師やミュージシャンばかりでなく
その人の個性と技術が求められる職業の人は
オレ色度と、周りからの要求に答えられる
基本技術とのバランスが
ものすごく大事なのかもしれない。

オレを含め若造ミュージシャンは、
周りからの要求に答えられる
基本技術を磨く努力よりも
オレ色度ばかりを求めがちで、
基本技術が自分の中の、
ある一定ラインに達してしまうと、
そこでストップしてしまう場合が多い。

しかしプロスポーツ選手などは、
すでに大成功しているにも関わらず
「今年の松井は・・・」
「今度の中田は・・・」
などというニュースでも解るように、
今だ、より良いホームの改良を目指している。

これには感心と反省をさせられる。

今オレはオレ色なんて考えるのは
辞めようと思っている。

なぜなら、どうせ考えなくても
オレ色は出てしまうのではないか、
と思っているからだ。

その人の考え方、生き方、性格などは
表現する上で、生きていく上で、
強い弱いはあるにせよ、
余程無気力な生活をしていない限り
どちらにせよ、オレ色ワタシ色として出る。

オレ色とは、その人自身から
にじみ出るものなのだから
わざわざ考えたり、こだわったりしなくとも
いいのではないかと最近は思う。

問題は、周りの要求にも答えつつ、
自分自身の中にある
感情を、生き方を、考え方を、オレ色を
いかに思いどおりに出せるか、
その手段を磨くことなのかもしれない。


余談だが先週のコラム「誤解」は
オレ色を充分に出したつもりだった。

様々な物は見る角度を少し変えるだけで、
全然違うものに見える時がある。

一方向からの情報のみに左右されず、
時には違う方向から物事を見ることも
大事なのではないか。

というオレ色の考え方を表現したかった。

それを、比喩とトリッキーな仕掛けを使って
オレ色で表現したつもりだった。

しかし、あのコラムに対する皆の感想を聞くと
あまりオレの思いは伝わってなかったようだ。

誤解というテーマの文章が誤解されていては
本末転倒である。

オレ色度的には納得のいくものだったが
どうやらそれを読者に伝えるための
文章力という基本技術が今一歩
足りなかったようだ。

やはり、どんなに表現したい事があっても
それを周りの人に伝えるための、
基本技術を磨かなければ伝わらない、
という事がよくわかった。

今週のテーマに合ったいい例になった。

ここで、先週のコラム「誤解」の
いったい何が誤解だったのかを
補足説明をしてみたい。

〜コラム「誤解」より抜粋〜

「真一、セミはのぉ、たった1週間しか
生きれんのだぞ、だからそっとしておいてあげなさい」

「かわいそうだね」

〜中略〜

俺達は楽しかった3年の生涯を終え、
まぼろしの1週間を過ごし
真っ白に燃え尽きたのだった

ここにオレの言いたかった事は
集約されている。

セミはせっかく地上に出てきたにも関わらず
1週間しか生きられないのは、かわいそう。

と誰もが1度は思った事があるだろう。

がしかし、その考え方は
"地上の暮らしの方が楽しいに決まっている"
という人間側のエゴであり誤解なのではないだろうか?

セミは本来地中の生物であって、
地上なんかより、地中の方が楽しいかもしれない。

"1週間は短い"というも
人間の側から見た誤解ではないだろうか?

宇宙の歴史からすれば、
人間だって、わずか100年すら生きられない、
かわいそうな生物なのである。

というような事オレなりに表現したつもりだった。

アナタにオレの思いは伝わっていただろうか?


今月も大事なライブがたくさんある。

オレ色を伝えるための
基本技術磨きに精進しようと思う
今日この頃である。

 

ゲストコラム 浅野祐司 1998年 ソニーよりサティスファクションにてデビュー。翌年解散後、ソロプロジェクト「RENDS」始動。

「アイツがおるとでら盛り上がるがぁ!」
「アイツと飲むとなんか暗くなるしなぁ……」
「あの人と一緒にいる時の自分が好きだ!」
「あのバンドのライブに行くと気合い入っちゃうんだよな!」

多分ヒトはみんな「オレ色」を持ってる。
「弱い人」も「強い人」も
「良い人」も「悪い人も」。
みんなだ。


久しぶりに古い友人と会うと
「コイツは丹波哲郎に頼んで輪廻転生でもしたんじゃねぇか?」
とうろたえるほど性格から顔だちまで激変した奴がたまにいる。

半年ほど前、中学の時の同級生の女の子に偶然会った。
オレは全く気付かなかったが彼女が声を掛けてきたのだ。
お互い携帯番号を交換し、お互いヒマだったので
「御飯でも食べに行こう」ということになった。
近所の小汚い居酒屋などで和やかに話をしてみると
ボブ・マーリーの弟か!?と思われる写真を差し出し
「今の彼氏なの?」と彼女はドレッドをなびかせて微笑んだ。

ちなみに言っておくが僕の記憶にある彼女はサラサラのロング
の髪で色白の女の子だった。(ドレッドでは決してない。)
同窓会で会った時もふつうのシャツとスカートをはいていた、
どちらかというと地味な女の子だった。(ラスタカラーの上下では決してない。)

「それにしてもオマエ変わったよなぁ!」
「そうかなぁ?」(別人だろ!)
「彼氏がそういう格好しろって言ったの?」
「まさかぁ!彼氏の聞く音楽とか良く行く店とかに影響されたのかもね。」
「ホント中学の時からは想像できんよ……」

聞くと彼氏は現在も放浪中らしい。
オレ色を強く持った人なのだろう。
多分各地でオレ色に染めあげているに違いない。(複数の「彼女」を)

「オレ色」を強く持った人(気とかオーラと言い換えてもいいだろう)は
良くも悪くも影響力が強い。
ベクトルが正に向けば良き指導者や優れたリーダーになるだろうし、
負に向けば狂信的な宗教団体を興したり、独裁者にもなるだろう。
ただそれに追従する人達が(例えばオウム)「私の青春を返せ!」
などと言うのはお門違いだと思う。「私には自分で判断する能力が
ありません。」と言ってるようなものだ。
染まるなら自分の意志で染まりたい。後悔するのも自分だけでいいとオレは思う。


最近彼女からメールが入った。ジャマイカに行くそうだ。
また何年後に会う彼女はどんな色なのか。
そしてその時のオレは何色なんだろう。

オレ色。
染めたり染められたり。
色が混ざっていく自分のパレットの色だと思う。
強烈な色を混ぜる奴もいれば中和してくれる奴もいる。
どっちがエライってわけじゃない。
ただ混ざったその日からは自分の色だ。
胸を張って生きたい。

(終)

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satis@pop06.odn.ne.jp

RENDS WEBSITE is
http://www.interq.or.jp/rock/satisfan

浅野祐司

 

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