こちらのエッセイは

2007年3月東京新聞に連載されていました。

 
玉 川 学 園 2

  母校である玉川学園に住み始めたわたしは、小学生から共に遊んできた女友達を自宅に誘っては、朝まで飽きずに語り合い、雑魚寝をして過ごす事もよくありました。

芸能界にデビューして10年程の年月が経っていましたから、大学に進んだ彼女達と過ごす時間はとても新鮮なものでした。

女優業を続けて行く中で、未知の役柄を頂き演じていく毎日はとても刺激的です。しかし同時に、うまく演じきれなかったもどかしさを、次の仕事へのエネルギーと代えていかなければならない、タフさを要求される毎日でもありました。

好きで始めた仕事ですから、忙しいことも有り難いこととは思いながら、この時期、私は少し疲れていたのかもしれないと今になると、そう思うことがあります。

それは仮に当時の私に『疲れているんじゃない?』と声をかけたら多分、ものすごくきつい目つきで睨まれて『余計なお世話です!!』と反撃されそうな、尖った状態だった気がするからです。

そんな時期だった為に尚更、子供時代に帰って笑い合える同級生とでなければ、心を落ち着かせる事が私自身出来なかったのかもしれません。

結果的に1年程の生活を、緑豊かな玉川学園で過ごし、その後徐々にまた都会にと近づいていくことになるのですが、ここでの1年は自分を初心に戻すために必要な場所だった様に思います。

自立神経の不安定な自分が情けなく、勢いに任せてきた仕事にも多少のブレーキがかかった事が後になって考えれば、大切な経験となっていたのです。

同級生の彼女たちは、立派な主婦、母として今でも玉川学園にほど近い場所に暮らしています

頻繁に逢う事が出来なくなってしまった今では、年賀状に映された子供たちの成長にただただ驚くばかりですが、いつでも心の側に感じています。

自分の選んだ人生は、一つの道にしか進めませんが私の憧れだったもう一つ人生を彼女達が素敵に生きていてくれる事を、何よりも嬉しく思います。

 


 

 

 

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