こちらのエッセイは

2007年3月東京新聞に連載されていました。

 
白    金

  18歳になり、飼い始めた仔猫の『ミリオン』(ヒマラヤン雄)と共に暮らし始めた場所は白金の北里研究所病院近くにある、バス通りに面したマンションでした。

5年程暮らしたこの場所が、私にとって、青春時代を過ごしたという意味において、最も印象深い場所と言えます。

今ではプラチナ通りなどと呼ばれる通りにも、当時にはまだほんの数件だけしかお店はなく、『シロガネーゼ』なんていう言葉もありませんでしたが、近くには庭園美術館や、自然教育園もあり、過ごしやすい場所でした。部屋の広さも15平方メートルから30平方メートルと広くなり、洗濯機も置けるようになりました。

当初、私の憧れの土地は外国人も多く住む『広尾』だったのですが、時代は1984年。

これからバブル突入の真っ只中ですから、家賃も全体的に高く、広尾は諦めざるを得なかったのです。

それでもせめて、広尾の駅を中心とした生活がしたくて駅から徒歩15分で見つけたのが白金でした。

よく住居費は収入の3分の1の値段を目安にすれば、無理がないと言われますが、この頃の私は収入の半分以上が家賃に持って行かれるようなぎりぎりの経済状態で、マンションの側の銀行で通帳記入された残高に貧血を起こしそうになった事もありました。

でも無理をした家賃設定に自分の収入レベルを引き上げていくというのが私のポリシーでしたから、その頑張りは満更間違ってはいなかった様にも思います。

このマンションでは猫の『ミリオン』がいつも出窓に座り、置物のようにバス通りを飽きずに眺めていました。

それから数度の引っ越しを共にしたミリオンですが年をとり、脳腫瘍から視力を失い、病院で打った点滴も身体が吸収してくれず、今夜が山だと覚悟をして自宅に連れ帰る途中、少し遠回りをして懐かしい白金のマンションの前を通るとその瞬間、か細い声で最期の一声を私の腕の中でかけてくれたのでした。

 


 

 

 

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