SHORT ESSAY
   




こちらのエッセイは

2007年3月東京新聞に連載されていました。

 
ス ウ ェ ー デ ン

  『故郷』について考えた時、生まれた国、スウェーデンと、育った国、日本との間で私自身が悩む事があります。

デビュー以来、北欧生まれが珍しいせいもあって、いつのまにか帰国子女という肩書きも付いてしまいました。

正確には、スウェーデンで生まれて間もなくに日本に戻り、生活の中心は日本にありながら、行ったり来たりを繰り返し、小学生の一時期はスウェーデンの学校に編入して生活をした、ということになります。

生活した期間は9歳から10歳の、限られた期間ではありましたが、まだ幼く多感な年頃だっただけに、その影響はとても大きなものとなりました。

今から30年前の当時には、日本人自体が数えるほどにしか滞在しておらず、当然日本人社会も出来上がっていません。

学校に行けば、日本語は全く通じない環境の中、滞在2ヶ月を過ぎたあたりから、日本語を忘れて、脳みそがスウェーデン語に切り替わってしまうほどの、順応性で話し方の素振りや目つきまでが、日本人から離れてしまい両親を驚かせたそうです。

子供の頃の順応性は、特別なようで、そんな私の変化を心配した両親が、滞在期間を当初より早めて日本に帰国すると、間もなくして中学生になった私の頭は今度は日本に順応して、気がつくとスウェーデン語が口癖から消えていました。

何でも記録好きの父が録音していたテープにスウェーデン時代の私の話し声が残っていますが、今聴いてみても、自分が何をしゃべっているのかわからないというのが現状です。

それでも時々ふと、よぎる懐かしい風景や、言葉の癖に、スェーデンで暮らした日々の名残りを見つけ、現在でも年に一度は休暇をスウェーデンで過ごす習慣が出来ています。

スウェーデン人と日本人とは、その性格も『人見知り』と言う部分で似ているとされる事もあり、豊かな精神を持つスェーデン人の暮らし振りは今日でも私を刺激し続けてくれています。

 


 

 

 

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