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平成15年2月27日 東京新聞インタビューから

イラク攻撃を問う

湾岸戦争の教訓
『今こそ、一呼吸も二呼吸も』

 海部氏は当時、「ジョージ」「トシキ」と呼び合ったブッシュ元大統領の招待で訪米。20日には昼食をともにしながら会談した。席上、長男の現大統領から携帯電話が入った。「ちょくちょく電話はかかってくる。指示とかではない。相談されることに意見を述べるだけ」。元大統領の説明に海部氏は言った。「そこが大事。」

―1990年のイラクのクウェート侵攻、翌年の湾岸戦争当時に比べ、今回の米国の対応は強引ではないか。
 「米国が今日までに築き上げた自由陣営のリーダーとしての立場、民主主義をつくった本家本元、世界への影響力を、ここでいい方に使ってほしい。短気を起こし、世界の期待を一挙に覆してはいけない。ぎりぎりになったら一呼吸も二呼吸もおいてほしい。率直に元大統領に話した。」

―元大統領は何と。
 「現大統領と電話で話した後でも、『(米国が)すぐ武力行使をすると思われているが、まだやるべきことはあるし、やっている。(大統領は)戦端を開く決心はしていない。。ボールはイラクにある。分かりやすく武装解除すればそれでいい。』と言っていた。諸悪の根源を取り除かないと、安定的な平和はこない。12年前と同じ主役がイラクにはいる」

―湾岸戦争当時、武力行使容認決議は国連安保理で賛成12、反対2、棄権1(中国)で採択され、元大統領は戦争終結時に「国連の勝利」と宣言できた。今回はそこがだいぶ違う。
 「自由陣営が今、割れている。そこを修復し、日本も含め、力を合わせてイラクのフセイン大統領に武装解除するよう圧力をかけるべきだ。表面だけかもしれないが、イラクも国連による査察をめぐり譲歩している」

湾岸戦争で地上戦が始まる直前の1991年2月15日、ソ連のゴルバチョフ大統領の側近でフセイン氏と親交の深いプリマコフ氏(のちの首相)が緊急来日。海部氏と会談した。フセイン氏からの停戦提案の仲介役になることの要請が目的だった。海部氏が初めて明かす秘話である。

 「プリマコフ氏は来日前に会談したフセイン氏の言葉として『イラクはクウェートから引くが、米軍に追撃されたら全滅してしまう。それをしない保証を、日本が米国からとってほしい』と言ってきた。だからブッシュ氏に電話で伝えたが、『もう遅い。引くなら黙って無条件で引け、それなら新しい展開も出てくる』という返事だった」


―最終局面でイラクが武装解除に大きく動く可能性があると思うか。
 「あの時の気持ちがフセイン氏にあればと思う。自分たちが全滅してしまう、それを避けないといけない、と。その決断を一刻も早く、という祈りに近い気持ちがある」